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北緯15° 西経91.5°LOVE & CULTURE MAKE PEACE! Our Smiles Make Other's Smile.

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目標くらいは高く

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

フィリピンの準備をしなければいけないのに、実家で今年の抱負なんぞこそこそと作っていて良いのだろうか。いや、いけない。この時点で、下の抱負を破っているのか(笑)




全部は無理とは言わず、最初くらい目標は高く持っていたい。
そして、あとでこれくらいは達成できたと思っていたい。

大切な事を忘れていた。
今年一年、僕自身、みなさん、周りの人々、自然、地球が少しでも
Peaceでありますように。僕もそのために、活動を始めます。
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あらゆる交流

やっとこ、仕事が一段落。
東京に戻って来ています。J-WAVEを聞きながら、窓をふきふき。
やっぱりJ-WAVEを群馬でも聞きたい。

27日は、広尾にて関わっているストリートチルドレン芸術祭のカレンダー完成発表&コンサートを裏方で手伝うために、早朝から群馬を発ち、広尾へ。

写真担当という事で、久しぶりに写真をぱしゃぱしゃと撮りました。
デジタル一眼を借りて撮っていたのですが、ちょっと病み付きになりそうです。
しかも、今なら中古で2〜3万で良い機種が買えるって言うじゃないですか。
久しぶりにオークションを覗こう。

そして、コンサートはミネハハさんという方のものだったんですが、ずっと目頭を熱くして見守らせてもらいました。
ミネハハさんは、CMの女王と呼ばれる位、CMでは有名な方なのですが、インドでの学校建設やストリートチルドレン芸術祭とのコラボレーションなどなど、自分の唄を地球や子どものためにと、行動されている方。
美声とメッセージに大きく感動。
来てよかった、「ありがとうございます」と心でずっと言っていました。

そしてカレンダーの完成発表会には、北○○仁氏も来ていたのですが、交流できる時間までとどまる事が出来ず、群馬へとんぼ返り。
この前、農村の交流パーティを実施したのでその打ち上げに遅れて参戦。
パーティ当日は他の仕事で関われなかったのだけれど、裏方で準備からずーっと中心でやって来たので思い入れもあって、スタッフや協力者の農家さんたちからもねぎらいの言葉をかけてもらい、ビール、黒ビール、白ワイン、赤ワインを次から次へと注がれては、飲み干すをくり返していると。

記憶ぷっつん。

気づいたら、布団の中。

どうやら、飲み会の最中、一番年下の俺をいじってくれているのにも関わらず、
「このお前ら、うんこがー!!」
「ちん○すやろー!!」
とか、一回り以上年上の方達に向かって、叫んでいたらしい。
醜態をどうぞお許しください。

農村に来て8ヶ月。やっとこ仕事とプライベートでここの方々と交流が深まって来ているのかなぁと、勝手に思い込んでいます。
来年は、もっともっとここの人たちに深く入って行きたいな。 

与える人間

IMG_1414.jpg師匠も走る、12月。
自分も走っている(つもり)。

企画、運営をした農村開発研修、
裏方で奔走して来た農村大学校の食と農の交流イベントがやっと終わった。
前日、当日は、遠足前の子どものようにうまく寝付けなかった。

終わって一息つく間もなく、来月には、フィリピンへの調査、大学院の願書提出と続き、2月は1ヶ月ぶっ通しで仕事だろう。

こんな走りながらも、自分はどこに向かっているんだろう?
と、合間合間に思っている。

思っていても口に出していない。しかし、周りはそれを察してか、これから先の自分を導いてくれるような言葉をかけてくれる。

どんな人間になりたいかと思っていたら、
「今は、与えられてばかりいるから、与える人間になりなさい」
と女性社長は言い、

仕事はどうしたら良いかと考えていたら、
「走っていたって良い。立ち止まって考える時間が多すぎてもだめ。自分がやりたい事を実現するように、紙に妄想を描いてしまえ。」
と勤務先の代表は言い、

人との付き合い方が下手くそだなぁっと感じていたら、
「けんたろうは、どこか悲しそうな雰囲気をしているよ。」
と友達は言ってくれてた。


自分の足りないところ、
自分の得意とするところ、
自分の苦手なところ、
それを整理する時間が2008年だったとするならば、
2009年はそれを補い、自分自身をもっと高い次元にもっていき「与えられる」人間になれる年にしたい。
そして、今、公私で関わる人々、僕の前を通る素敵な人々と深い付き合いをしていきたい。

(最近、プライベートネタばっかり)

家族の唄と言えば

こんな「どこにでもある家族の風景」がいいね。
「家族の風景」ハナレグミ


家族との距離


〜注:今日の日記はかなりプライベート。親類の方はスルーしていただけるとありがたい(笑)〜

自分は親との距離がとてつもなく遠い。
家に帰れば、親からの質問や会話にそっけない言葉しか応えない。
近づきたいと思っても、なかなか表現できない。
親は自分が何を考えているかわからないだろう。
腹を割って話すなんて、いつ以来していないだろう。

そんな俺にとって、ある事が一区切りついた日、
その事によって再認識した自分のふがいなさとばつの悪い思いから逃げたかったその日、
両親が二人で千葉へ旅行するという事を耳にする。
両親といるとむずがゆくなってしまう自分は、普段なら誘われても絶対行かないだろう旅行に同行させてもらう事にした。

前夜は、最近、遠ざかっていた眠るための薬を飲んでから寝た。ベストの体調で、この旅行に挑んで、両親と向かい合いたかったから。

当日、天気は予報の不安を裏切ってくれた。
小雨もぱらついていた空は、千葉へ入るとだんだん日が差し込んで来た。昔は暑がりだった父は、今は病気のせいでかなりの寒がりになっていたが、太陽の光が、空気を温かくしてくれる。
今日もお天道様は味方をしてくれるようだ。ありがとうございます。

ここ最近の父は、薬と病の戦いの間に立たされ、食欲も体力も気力もなくなっていた。
昔は口が悪いながらも陽気で、あーだこーだ言っていた彼は、最近全然しゃべれなくなっていた。道中の車内の様子も変わらなかった。

それでも、時々彼がボソボソと話しては、自分と母は好きな事を言っては、車から降りて、3人で写真を撮ったり、道の駅で買い物したり、らーめんを食べたりと、それなりに3人とも楽しんでいた。
家族と和気あいあいしている自分が、今までの自分と比べて信じられなく、自分で自分に驚いていた。

だんだん親父の顔の表情が変わって来た。
ご飯なんて半膳も食べない彼が、友人の家で出されたケーキや立ち寄った店で食べたアイス、ホテルのお茶菓子に出されたびわゼリー(かなり気に入ったらしい)などを食べておいしい、おいしいと連発する。それに連れて口数も多くなっていく。
夕食のときには、嫌いな煮魚も食べ、最近飲めなかったという大好物のビールをグラスに何杯か飲んでいく。母親も負けじとビールを飲み、親父の煮魚の方がおいしいと横取りをする始末。
最近飲み疲れていた俺も、雰囲気のせいかビールが進む。
家なら自分自身口数少なく夕食なんて30分近くで終わらせて、すぐに自分の部屋に引き上げてしまうが、今日はあっという間に1時間経ってしまう。
「あ、鶴瓶の時間だ。」その一言で夕食を切り上げる両親。
俺は、食い過ぎてお腹がゆるくなってトイレに駆け込む。

その後も、テレビを見ながら、母がこっそりと鞄に隠していたウィスキーと焼酎で晩酌をする。
俺は、いつ「言おう」か機会をうかがっていた。
その事を思い出しては忘れ、言おうと思っても言葉が出ない。気がつけば寝る時間。

部屋が別々なので、両親が俺の部屋から出て行くときに、父親のボンベを担ぎつつ、ここしかないと思い、言う。
「ありがとうございます。いつも。。。」

「ほんと、まだ手を焼かせるんだから」と憎まれ口を叩く母親のその横で、父親は微笑むだけだった。

一人になった部屋の布団に大の字になり、
前日に友達からもらった谷川俊太郎の本を読みながら、
道中で父がソフトクリームを食べながら「幸せだな」と言った一言と顔を思い出し、酒も手伝ってか、涙が少し。

家族との距離を縮める事がこんなに簡単だった事を初めて知った、まだこんなに不器用な30歳。

IMG_1342.jpg